ゆるゆるループ、ときどきジャンプ。

おじいちゃん猫に音楽と映画そして日々の思いも

ヒデキと愛犬ロッキーそして父も…



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昨日5月16日は、亡くなって3年になる西城秀樹さんの命日でした。

毎年この時期になると「ちびまる子ちゃん」のエンディングでは、ヒデキが歌っていた「走れ正直者」が流れる。

昨日は初めて、命日が放送日にあたった。
これからもこのステキなプレゼントが、ずっと続いてくれたらいいな…。
 

 

父の入院

 

突然、ヒデキの訃報が届いた時、実は私の父も入院中だった。

脳梗塞の再発で父が倒れたのは2月中旬のこと、今日か明日かの切迫した状況だったのが1週間になり、2週間になり…
さらに1ヵ月になり2ヵ月になり…
驚異の生命力で、酸素マスクを外し自力呼吸ができるようになったものの、目を開けることも話すこともできない状態で、ほとんど意識のないまま3ヵ月が経過していた。

父は富良野在住だったため、弟と3,4日おきに札幌から富良野の病院へ通った。

点滴を続ける期限がせまり、栄養を補給するには胃瘻にするしかない状況となった父。
延命治療をしなかったヒデキのご家族と同じく、うちも延命治療はしないことを決めた。
また元の生活に戻り、何よりも父の楽しみだった犬の散歩に出かけることができるのなら、その選択肢も考えたかった。
でも、もうそれは望めない状況なのが明確だったから…。

日に日にやせ細っていった父だけど、82歳ながらおじいちゃん感の全くない顔は、最期まで悲壮感を感じさせず救われた。

姉弟どちらも母似なのだけど、実は私は父に似ていると時々言われることがあり、失敬な!(笑)と思っていた。
でも、肉が削げ落ち現れた顔には複雑な思いが…
あのパンパンだった顔は一体何だったんだろう、むくんでいたのか?
体重もちょうど私と同じくらいになり、残念ながらちょっと似ていたかもしれない…。

 

父が亡くなった日


父はヒデキよりさらに1ヵ月ちょっと寿命が与えられていたようだ。

亡くなった日はちょうど弟が病院に泊まり、付き添っていて看取ることができた。
状態も安定しているので大丈夫…と、奥さんやお孫さんたちを帰した直後のことだったそう。

私はコタとマロがいるので病院に泊まることは無理だったけど、父はやっぱり私に会いに来た。
就寝中、気配と匂いと自分の「パパ~」って呼ぶ声がどんどん大きくなり、目が覚め実感した。

忙しい中、父のことに尽力したのは弟で、私はほぼ何もしていない。
それなのに私が病院に初めて行った日の父の様子、その後のちょっとした症状の変化を見て、やっぱお姉ちゃん(私)には敵わないんだなーと、弟は思ったらしい。

父は無口だったし、高校生くらいからほとんど話した記憶もないけれど、避けても避けきれない想いは何となく感じていた。

でも正直言って、ヒデキが亡くなった時の方がずっと喪失感は大きく、自分でも驚くくらいに泣き、ちょっとしたロスにまでなった。

今もYouTubeで動画を観ていると、ふとした時に涙が出てくる。
そんなこと父は全てお見通しだと思うけど…。

ヒデキの愛犬ロッキー


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私が小学生の頃、ヒデキはロッキーというシェットランドシープドッグ(シェルティ)を飼い始めた。
美しく穏やかで優しい性格のシェルティ…
この写真のヒデキとロッキー、とっても似ている (๑>◡<๑)

ヒデキが亡くなった後、父の病院への往復はヒデキの曲を聴き、弟と子供時代の話が尽きなかった。
ヒデキに紐づくことは事細かく覚えている私に、弟は引いていたけれど、小学生の時「ロッキーになりたい」と言っていた(らしい)ことは忘れていた (;^ω^)

そして、実家も私が生まれる前から常に犬のいる家だった。
今とは違い昔は、家の前に犬のおうちがあり、特に大型犬は番犬のように外にいるのがあたりまえの時代…
私が夜中に帰ったりすると、いきなり吠えられたことも (;^ω^)

母が健在だった頃から、父は仕事の都合ですでに富良野に住んでおり、室内で犬の他頭飼いを始めていた。
私たちと離れたのが寂しかったらしく、犬は3匹…母と弟と私?
弟が初めて見た時はぎょっとしたらしい。

その犬たちがロッキーと同じ、シェルティだった。
毎年のように犬は増え(産まれたのではなく譲ってもらっていたらしい)、3匹だったシェルティは倍の数になっていた。

その中には全くの偶然ながら、ロッキーという名前のコもいたことに気づいた時は、ちょっと驚き鳥肌が立った。

ヒデキの思い出の曲


ヒデキと父は同じ病気を発症し、入院の時期も重なり、意識が戻らなかったところも同じ…
そしてシェルティのロッキーを可愛がっていたことも。

そしてそして、うちの先住猫のユウちゃんはヒデキと誕生日が同じだった。
私にとってはちょっとしたシンクロニシティのように思え、おこがましくもまたきっといつかヒデキに会えるような気がしている。

この「カタログ」という曲は、私が5年生の時に初めて行ったコンサートの頃からず~っとヒデキが歌い続けていた曲で、今も忘れられない思い出の曲♪


www.youtube.com

 
それにしても子供の頃の記憶って本当にすごいなー
この曲も全部歌詞を覚えていて一緒に歌えちゃうのよ v(*-∀-*)v

 

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